碧しの/U30 部下の嫁(3) − 徴候 −
「性欲盛りなU30歳の部下の嫁に手を出した俺」 2015/07/23発売 アキノリ(DVD/配信)
和気藹々とした雰囲気のなか、会食は楽しげに経過する。マツモト夫人に年齢を訊かれるシノ。年齢にそぐわぬ料理の腕前に驚嘆するマツモト夫妻。
マツモトはシノの若さを羨ましがる体で、部下のアオイをからかう。
夫のオフィス訪問シーン以降、ここまでシノの慎ましやかな身なりや言振り、穏やかな佇まいといった彼女の良妻ぶりのみが描出されてきたが、会食シーンの序盤、マツモト夫人から料理を称賛され、自身の手料理の出来映えを気に掛けながら試味するカットで、何の前触れもなく彼女の濃厚な官能的相貌の出現となる。
それは手にした串団子を自ら口に運ぶ短い場景である。直前の朗らかな笑顔から一転、口を開くと同時に舌を大仰に伸ばし、舌体部を極端に下降させて食物を掬い取る動態は、あたかもスローモーション撮影を見るような緩慢な速度とも相俟って、これまでの彼女の挙動とは正反対の粗野であり艶めかしげな振る舞いである。加えて映像作品制作の原則のひとつとされる、対面者間に仮想されたイマジナリーラインを度外視した唐突な構図の採用という点に於いても、一連の和やかな会食シーンの流れを分断、一蹴するかのような極めて異質で特権的なショットである。
監督指示によると思われる、過剰なまでにデフォルメされたシノの摂食シーン
ドラマ等の切り返し撮影のセオリーとしてイマジナリーライン(想定線の遵守)があり、これを意図的に違反する場合、そこから造出される違和感からショットに特別な意味を持たせるとも言われる。このシーンでは、当該ショットに於ける女優のパフォーマンスが尋常でなく蠱惑的であるにも関わらず、それが存外な右側面のアングルから提示されたものであるために、対座するマツモトの視点とはなり得ておらず、直後の彼の反応も描かれない。したがってマツモトによって卑猥に歪められたシノの姿、妄想から抜き取られた抽象化要素の産物とは言い難い多義的で曖昧なショットである。前項の人参シーン同様、シノに内在する性的渇求のデフォルメされた表徴、後続する物語展開への暗示と解釈すべきものだろう。このショットのみ構図が女優の左側へと転置され、シノが画面下手(左)に視線を向けるアングルとなるのも、舞台や映像分野の演出セオリーに準拠しているとすれば、役柄が有する“強い意思”の顕れであり、彼女に陰伏する含意を示すものだが、下述した本作品監督の他作品では、同一シチュエーションに於けるカメラ位置はその都度まちまちであることから、当該ショットの深意は不明である。暗喩的に示された2つの食物(シノが手にした人参と串団子)は、後のシーンで侵略的にシノの口唇に割り入る不遜なマツモトの舌体、あるいは猛々しく屹立した男性器へと形を変えて彼女の眼前に出現する。事前に意図的な撮影法によって強調された2つの諷示とその扱いは、物語後半でその対象だけを“異物”に取り替え、自失状態のシノによって凄烈に反復・再現されることとなる。
「アキノリ」レーベルのドラマ作品では、対話シーンでの一般的手法とされる“切り返し”は殆ど用いられていない。会話シーンは専ら主役女優を正面から撮り、相手となる人物は「肩舐め・顔舐め」ショットで女優の手前にアウトフォーカスされてその存在が示されシーンを成立させている。そのため、双方が台詞ごとにカット割りで継がれるケースは極めて少なく、本篇でも“オフィス訪問時のシノの挨拶に対するマツモトの笑み”が唯一の切り返しショットである。企画作品で男優やエキストラの顔が悉くモザイク処理で覆われるように、あくまでAV作品は女優主体のものであり、「アキノリ」では助演者も顔出し登場が多いとはいえ、AV全般に通底する基本姿勢として男優の存在意義は極力最小限に抑えられる。「アキノリ」で実践される“切り返し”は、主として女優のパーツ(痴態)とそれを見る男優という構図に於いてのみ顕著である(参考画1)。こうした手法は、作品内容が同じ物語仕立てでありながらも「マドンナ」「ながえスタイル」「FAプロ」等に代表される本格ドラマ形式の作品とは大きく一線を画す。これらのAVに馴染みのないユーザーが作品を観るときに若干の違和感を覚えるのは、AVではどちらかといえば傍流となる、一般的なドラマや映画のセオリーに準拠した“切り返し手法”が導入・多用されているからであろう。
(参考画1)「アキノリ」作品にみられる“切り返しの例
本作品の監督であるティッシュマン氏は、自身のツイッターで自らが監督したアキノリ作品について言及しており、そこには本篇「串団子シーン」の撮影意図を示唆するかのような、自身の演出スタイルについて語っている(下図参照)。ツイッターで取り上げられているこの作品「絶対に手を出してはいけない相手を夜這いしちゃった俺8」を視聴したところ、本篇と極めて酷似した手法が採用されている。飲食シーンに於ける唐突な女優のクローズアップと緩慢な摂食動作である。こちらでは直後にその様子を凝視する男の表情カットが挿入され、この摂食行動自体が男の忍ばせた性的衝動の発動要因にもなっている。おそらくは本作品撮影時も女優に対して同様の指示がなされたと考えられ、本作品では「碧しの篇」以外でも2篇で同様の摂食カットが存在している。「絶対に手を出してはいけない_」では、瓶酒をラッパ飲みする女優、桜咲ひな以外は総じて演技は大人しめであり、本作品の2篇を含め各々のシーンを見比べても、碧しのの演技が際立って過剰なものになっている。
尚、ティッシュマン氏のツイッターは、数本の投稿記事があるのみで本作品リリースの頃にはすでに更新は途絶えており、本作品に関する情報は得ることが出来なかった。レーベル代表のアキノリ氏、および碧しののツイッターでも作品リリース当時の投稿を漁ったが、どちらにも言及はされていない。
監督によって演出さ れた「アキノリ」作品での飲食シーン